調布〜仙川廃線跡を探る(仙川付近)

京王線は新宿駅を出てからは甲州街道・中央高速と併走している形になっています。
かつて新宿から初台間は甲州街道上に専用軌道を設けて走っていましたが
昭和2年までは「仙川-調布」間は甲州街道の北側を走っていました。

調布駅を出た電車は方向をすぐ北に変えて甲州街道(現在の旧甲州街道)との交差点近くに布田駅を置きました。
国領(北浦)・柴崎の両駅もまだ甲州街道より北に位置しており次の金子駅(現在のつつじヶ丘)は
何と大正2年の開業時は甲州街道の上にあったそうです。尚その次の仙川駅前で現在の路線と合流していました。




布田・国領・柴崎・金子は昭和2年12月に現在の位置へ移設されています。
その戦前の路線跡を仙川側を中心に見てみる事にします。




仙川駅近くの跨線橋からつつじヶ丘駅方を見たところです。
正面にある建物はキューピーの工場。奥で左に曲がる線路ですが
移設前は直線で甲州街道方へ延びていました。



カーブの所まで来てみました。目の前の建物がキューピー工場となります。



1940年代の航空写真です。既に「キューピー仙川工場」が見えています。
この時点で移設から20年が経過している事になりますがなんとなく「跡」が判ります(赤ライン部)。



丁度旧線と分岐していた箇所ですが当然当時を思わせる物などありません。何せ戦争前の話ですし。
線路と工場間に良い角度のついたスペースが有りますが線路跡はもう少し工場側ではないでしょうか?。



線路が続いていたと思われる箇所へ来てみました。丁度キューピー仙川工場裏手です。
ココらは起伏が激しく当時と地形が変わっていると思われます。
移設前の路線は仙川駅を出て下り一直線で甲州街道に延びていた物と思われます。



通称「滝坂」で滝の様に急な下り坂で甲州街道に続いています。
この道全てが廃線と言う訳では無くこの先すぐの所からが京王の旧線になっていたと思われます。



現甲州街道との合流手前では何となくですが廃線跡を漂わせてくれています。



滝坂と甲州街道の合流地点です。当時の甲州街道は整備前であった為にこんなに広い道幅では
有りませんでしたからココが合流地点とは断言出来ませんね。でもこの辺りから道路との併用軌道になったのです。



近くの歩道橋から撮影した現在の合流地点です。
右の小道部分から単線の線路が出て来てココからしばらくは併用軌道になっていました。



旧地図と現在の地図を見比べてみると恐らく「ラーメン花月」がある滝坂下交差点が
金子停車場のあった場所なのではと推測されます。当然甲州街道もこんなに広くはない時代です。



駅は金子→つつじヶ丘と変更されてしまいましたが京王バスには現在も「金子」停留場が存在しています。



旧線跡では有りませんが道路上にあった(停留所)駅から現在地へ移設されたばかりの「つつじヶ丘駅」。
駅名盤が「金子」になっています。線路が奥に下っている所を見ると写真奥が調布方面と言えるでしょう。
まだ待避線が無く2面2線なのが判ります。砂利敷きに四角いタイル張りのホームは昭和50年代まで見る事が出来ました。



仙川駅を出て調布へ向かう電車。切通しを見ると当時も今も大きな変化は無さそうですがこの写真は
大正11年撮影だそうです。駅から先はストレートなのが判りますがかなり急勾配なのが判ります。




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