GX71の事

GX71はGX81の一つ前のモデル。81との違いはやはりあの「角張ったスタイル」だろう。昭和59年頃から発売されワゴンを除いては
81登場時の昭和63年まで製造された車。この頃は3兄弟としての色あいが強く「マークII」はハード・トップとセダン。
「チェイサー」はハード・トップのみの設定、「クレスタ」はセダンのみという設定だった。

免許を取得した10代後半、まだ街にはかなりのGX71が走っていた。と言ってもマークIIとクレスタがほとんどでチェイサーは当時から
あまり見なかった。今も無数のX71を扱っているサイトがあり覗いてみるとオーナーはマークIIかクレスタであったりする。
どうもチェイサーの人気は100系登場までなかった様だ。

免許取得後に1番欲しかったのがGX71クレスタ前期だった。何故前期か・・・フロントヘッドライトが角目独立4灯式だったから。
これが理由。しかし当時の中古車市場ではGX71の前期でも100万以上はしたので手が出なかった。これがソアラになった理由。
その後就職してGX71に乗り換える訳だがそれでも価格は100万というラインを切るか、切らないか?と言った所だった。
それだけナナイチ人気も高かったのだろう。71って言えばオヤジ車というイメージとはうらはらに若い人にも人気で
お正月とかになるとわんさか出て来て楽しかった。普段見られない竹槍やらオープンとかで笑えた。

そんな私がGX71を入手してまず弄ったのがTV装着。車にテレビって今は普通だけれどこの当時はまだまだ「聖域」でお金持ちパーツ
の1つだった。TVと言えばアンテナ。アンテナといえばブーメランか??と悩んだが流石にブーメランはなぁ?でBピラー上部に
ダイバーシティタイプを接続(下写真左)。しかしユニットを買う金が無く映りは最悪。その時丁度AE86に乗っていた
友人から「アルミが1セット余っているよ」と言われて西八王子は散田町まで取りに行った。4本1万だと言われたが15年くらい経った今も
払っていない(爆)。このホイール、15インチのフィンで汚いがあの「Volk Racing」だったりするのだ(下写真右)



その後はフル・スモークにした。しかし貼ったその日に警察につかまり剥がされた。コーナー球をオレンジにしたらバイクにのる
オジちゃん警官につかまったりもた。そんなんがあったりしてリップスポイラーとフェンダートリムを取り付けた。両方共「PLUS-M」だったかな。
メッキ仕様になり下品路線まっしぐらの頃。しかしすぐにぶつけてリップは左側を破損。フェンダートリムはリア部を擦り大きな傷を付けるが
両方ともそのまま放置しておいた。車内の方はステアリングとかそう言うのにはあまり興味が無く怪しい装置をつけるのが大好きで
ルーム・ランプも7色に変化するレインボータイプに交換。今思えばシャンデリアにしとけばよかったと反省。
それからホイールを同じ15インチのメッシュに変更した。元々メッシュに憧れがあったが(BBS-RSなんか)高価で高価で・・・。

何年かして雑誌「オートファッション」の別冊として「af・ザ・ステージ」という本が出たがしばらくこれを買っている内に
ドレスアップにはまっていった。この雑誌がまだ別冊として発売していた当時はX71も結構掲載されていて楽しめたが一番人気は初代
「インスパイア」じゃなかったかな。よく真似をして「レッド・テール」(下写真左)や「ワンアーム・ワイパー」(下写真右)などをやってた。



上の写真をみても判る様にモールも黒からEXCEEDカラーへ変更したのだが当初は塗装する勇気が無く近色のガムテープを車一週に貼っていた。
でも月日が経つとモロにテープだとばれて来たので塗装を決意。もちろん自家塗装だ。でモール一週貼っているガム・テープを剥がそうと
したがべっとりとくっついて取れん・・・。やっとの思いで剥がしてマスキングテープと新聞紙を巻いて缶スプレーで塗装。
下地の処理方法なんか知らないからそのまま吹いたが以外と綺麗に塗れちゃった。上の写真を見るとテールも後期に変わっている。
前期のヘッドライト形状は好きなのだがテールは後期が好みだったので解体屋を廻ってテールを探した。確か田無市(現在の西東京市)にある
解体屋がテールやライトなどを外した状態で販売を兼ねていてそこで片方だけ3000円で買った記憶がある。何故片方かと言えば
なかったからでもう片方は車を買った店に頼んで取り寄せてもらった。テール交換の際はセンターのナンバーポケットも一緒に移植して
やらないといけないと思ったがそんな知識も無いので前期を取って後期を強引にはめた。たしか綺麗には入らなかったので
テールかボディどちらかを削った記憶があったり。でも結局雨で水が入り込んでしまっていたが無視していました。

あとカローラIIに乗っていた友人からもらった黄色のフォグライトも後々PIAAに交換してしまいました。上右写真を見てみると
ウィンカーカバーがクリアになっていますがこいつは通信販売で7000円くらいで買ったと記憶。マークII・クレスタの共通部品
だったかと思う。廃車直前にX71ワゴンに乗る近所のスタンド・オーナーにあげてしまった。

「ワン・アームワイパー」は格好いいけど見にくい。雨がふると助手席前がふき取られないので助手席に座っている人は前が見えない。
おまけに駐車場では直射日光がガンガン当たるのでゴムがふやける・・・と良いことはあまりない。確か助手席のワイパーを運転席に取り付けて
「ワンアーム・ワイパー」にするんじゃなかったかな。とかく後半は派手なイメージもなくなり「大人仕様」になりましたが修理に金がかかりました。

どうもGX71の持病らしくダッシュ・ボードが直射日光により奥からペロリとめくれて来てしまいます。これは自力じゃ直せないので
放置していました。あとエアコンかけると車外に水滴が落ちますがこれが助手席足下に漏って来てしまいエアコンを入れると
助手席フロアマットが時間と共にビチョビチョになりました。電気ドリルで穴を開けて強引に水滴を排出してました。
後はオイル漏れ。それにデジタルメーター故障。ガソリン残量が判らなくて冷や冷やするドライブでした。スピード表示も「00Km」
とかで停まってました。それにサーモ故障によりオーバーヒートも経験。事故もやらかしたりしてボディもボロボロの為に
車検を機に買い換えました。でもGX71はやっぱり格好いいなぁ。今も一部で人気のあるナナイチですが1jzを搭載したパールのクレスタ後期なんか
出て来たら欲しくなっちゃいそう。下はmathilda君から頂いた当時のカタログとデリック氏にオフでもらったポケット・ティッシュです。




以下は私が1992年頃に所有していたGX71の写真です。




ホイールは八王子の友人から貰ったVOLKのフィンだったと思います。
15インチだったけれど初の社外ホイールで嬉しかったのを思い出します。



車にテレビが珍しかった時代。テレビより先にアンテナを買ったのは秘密で。



足回りがノーマルなので非常にブサイクなスタイルの頃。



メッキのフェンダートリムにメッキのリップスポイラー、それに意味の無いステッカー
をフェンダーに貼っているという・・・若気の至りで車の方向性が全く見えないころ。



アンテナやフェンダートリムを取り外しホイールもメッシュになってイメージチェンジ。
この頃からオートファッションを読みだして色々と真似をし始める。



ウインカーレンズがクリア。こう言うパーツが普通に店頭に売られていた時代。



グリルのブラック化や1本ワイパーなんかをやっていたっけ。
1本ワイパーは助手席の人には非常に目障りだったかと。



後期テールを解体屋で入手し交換。ただポン付けとはいかなく加工した記憶が。
エンブレムは白と金のものに交換していたがコレ3000〜3500円くらい(1個)したんじゃなかったかな)。


末期の頃。当時はカッティングシートでデコレーションラインを貼って楽しんでいました。



車の知識も乏しくメンテナンスもロクにしてやれませんでした。
2.0のツインカム24でしたが今思うと非常に遅い車でした。今でも非常に好きな車です。




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