中央本線旧線(鳥沢-猿橋)

中央本線には多くの「旧線」が存在しますがその内の1つで廃線としてはポピュラーな「鳥沢-猿橋」間
の旧線部を記事にしてみます。この区間は甲州街道と並行している為に道路はもう何十回と走っています。
車移動だとポイントでは撮影出来ますが駐車する所も余り無い為に全区間走破とはなっていない為に
何が楽しいのか大晦日にこの区間を歩いてきました。良い運動になったとポジティブに考えます。



単線だった旧線が描かれているマップ。新線を赤いラインで書き加えてみました。
鳥沢駅を出た線路は新桂川橋梁とトンネルで猿橋までを直線的に走れる様になりました。



電車で鳥沢駅へ降り立ち一枚。あれ、なんか駅舎が綺麗になっている・・・。



探してみたら2014年に駅舎を撮影していました。2016年に綺麗になった様です。



鳥沢駅末端部から猿橋方を撮影したもの。旧線は駅を出ると右へ大きく曲がっていました。



線路沿いに歩いて行くと旧線の跡地が現れてきます。



まだ現在線の近くではありますが旧線部に「エ」マークが残ります。



線路跡地にはアパートが建っている。角度は線路跡そのままに。
このアパートの先は当時の様子が判らない程に家が建っています。



「大月総合体育館入口」という甲州街道の交差点を線路は陸橋で超えていました。
写真は鳥沢側ですが既に橋桁どころか面影がありません。



しかし猿橋側はレンガの橋桁がそのまま残っています。これは自動車内から何度も確認
しているのですが夏場は草に覆われており見つけにくくなっています。



その先の路盤は住宅が建ってしまっており当時を思うものはありません。



しばらく甲州街道を歩くと手作り感満載の「公園」の様なスペースになり鉄道跡地が顔を出します。
ここから少し甲州街道と離れて行くことになります。



住宅地の裏手に残る路盤跡を進んでいきます。ここら辺も夏では草で前進できなさそうです。



冬場でも「それなり」に樹をかき分けないと前進出来ません・・・笑。
進んでいくとまづは1つ目のトンネル「富浜第一トンネル」の登場です。



トンネルそのものは綺麗な状態で残されていました。Uターンするのもアレなんでこのままトンネルを突っ切って
向こう側へ出てみます。写真では真っ暗ですが目視では出口部に薄く明かりが見えていました。



トンネル内部から今まで歩いてきた方(鳥沢駅方)を撮影したもの。夏はやばそう。



富浜第一トンネルの猿橋側をトンネル内部から撮影したもの。土が盛られ高低差ができています。



現在公民館が建っていますがこの真下に「富浜第二トンネル」の入り口がありました。
既に埋められてしまっているのでこのトンネルの鳥沢側は拝むことが出来ませんでした。



迂回し「富浜第二トンネル」の猿橋側へ行ってみます。ちょっと苦労しましたが何とか拝見。
このトンネルは入っても出口はありませんから眺めるだけに。



トンネルを出た線路はすぐに「宮谷川」を渡るのですが川にはその時の橋台が
綺麗に残っていました。この鉄橋は竹沢橋梁と言う名の様です。



竹沢橋梁の鳥沢側の橋桁は綺麗に残っています。



橋梁の向こう側には「宮谷トンネル」がパックリと口を開けているのが見えます。
このトンネルも猿橋側は現在埋められている為に入っても仕方ありません、というか行くの大変そうです。



甲州街道の「宮谷入口」交差点です。この辺りが旧線で言うと2駅の中間地点といったところでしょうか。



上記「宮谷入口」信号を右に見た風景なのですが宮谷トンネルの出口はここにありました。
現在はご覧の様になっていますがつい数年前までは「トンネルの側部」は残されておりそれと判る様になっていたのですが。
今でもまぁなんとなくそれっぽく見えてはいますがきちんと判る内に写真を撮っておくべきでした。



これは2017年に撮ったものですが草が生えていなく「トンネル跡」の写真としては判りやすいかもしれません。



宮谷トンネルから先は築堤があった様ですが綺麗になくなってます。ローソンのある所が線路跡です。



正確な位置は判りませんがバスの止まっている所ら辺に築堤が続いていたと想像します。



旧線4個目の「大原トンネル」もこの様に綺麗に残っています。
近くに行くとトンネル入口まで行けそうな気もしますが怪我も怖いので下から見下ろして移動します。



大原トンネルの出口を拝見する為に旧甲州街道へ入ります。トンネル出口は街道の真下に存在
していますのでフラッと歩いていると通過してしまいます。写真の石畳がトンネルのポータルです(2017年撮影)。



別角度から。ちょっと発見しにくいのが判るかと思います。この手のマニアなら別ですが(笑)。
ここまで来るとトンネルを見てみたいのですが下へ降りるには個人宅を通らないといけません。
すると丁度住人の方がいらっしゃりお願いすると中へ通して頂けました、感謝(2017年撮影)。



大原トンネルの猿橋側です。芸術的なレンガのポータルが綺麗に残っています。
このトンネルを出た中央本線は桂川を渡ることになります(2017年撮影)。



桂川を渡った先にはレンガの橋台が現存していますがその上に民家が建っています(笑)。



猿橋側から大原トンネル出口部を撮影したもの。レンガのポータルが見える。
ここと民家が乗る橋台部とは鉄橋で繋がっていましたがかなり高い所に掛かっていたのが判ります。
画面左下のトンネルは八ッ沢発電所への水路です。これも歴史がありそうです。



線路は現在の甲州街道部を突っ切る感じで奥のお店の所に向かって伸びていました。
旧線が走っていた時代の甲州街道は現在の旧甲州街道ですからこの道は無かったということですね。



写真の道路の右手、家が並んでいるところが当時の線路跡でしょう。



一つ道路を挟み奥のガレージの右にある家の所に線路は続いていました。
ここら辺は航空写真を見ると線路跡地に家が建ったのが良く判ります。



実際の合流地点。奥は現行の中央本線で奥が猿橋駅です。



今でも用地が広がっていてココが旧線と新線の分岐箇所だと知らせてくれています。



2020年現在のJR猿橋駅の駅舎です。ここも以前はボロい味のある駅舎でしたが写真に納めていなかった模様。




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