秩父セメント専用線

秩父鉄道の秩父駅から分岐していた秩父セメントへの専用線跡を見てきました。
この線路の存在を知ったのはまだ現役の時、国道140号が当時まだ生きていた専用線を跨線橋で
跨いでいるのを見た時でした。後々地図で確認してみると三角形のデルタを形成している面白い配線である
事が判りました。1996年に工場の閉鎖と共に廃止になりましたが結局機関車が走っていた当時に
訪問する事は叶いませんでした。また車で何度もこの橋を渡ってはいますが廃線写真も撮影していなく
実際に訪問したのは令和になってから、という何ともなものになっています。



上写真は専用線がまだ現役当時のものです。秩父駅の構内からデルタ形状を
築いてセメント工場まで線路が続いているのが確認できます。



お花畑駅側から見た秩父駅です。右に線路が広がっているのが判ります。



同地点から振り返って写真を撮ったものです。丸く印をつけた線路が切られています。
架線柱の位置を考えてもこの線路は構内へ続いていた線路だと思われます。



もう一度振り返りの写真。途切れた線路はこんな感じで外周に敷かれていたのでしょう。



踏切には線路が今も残っています。



保線車両が停まっている更に外にもう1本線路があったと思われます。



外周線路が通っていた場所。電柱に今も踏切によくある黄黒カラーの構造物が残る。



西側のデルタ線跡には木材やレールなどの資材が置かれていました。



その少し先には木製の架線柱なども置かれている状態です。
この先で熊谷側からの線路と合流するので東側の分岐点に行ってみます。



逆側、東寄りのデルタ開始部分です。非常に雑なlineの引き方を
してしまいましたがこの様な感じで線路は敷かれていました。木製架線柱が残っています。



かつての線路跡は一部駐車場になっていますが真ん中に堂々と架線柱が立っています。
真ん中の木製建物は当時からの鉄道関連の物ではないでしょうか。その建物の裏手に
秩父セメントへの専用線跡が続いているのが判ります。PC枕木や転轍機もありますね。



当時のものと思われる転轍機。



この貨物駅で働いていた人たちの詰所だったりしたのかもしれません。



東側のデルタ線は築堤になっており当時の形状がそのまま残っています。
色々とその当時から有るであろう物が残っている様です。



道路より一段高いところを走っていた線路ですが徐々に高低差がなくなります。



ここで一般道路を渡ります。遮断機の有無は判りませんが踏切があった様です。



その直ぐ先で西側からの線路と東側からの線路が合流しデルタ形状の完成です。
ここも線路が剥がされただけで以前と大きな変化はしていませんね。



同地点から180度振り返って工場方面を見たもの。高架を走るのは当時私が見た国道です。
この国道脇には歩道があり上から俯瞰撮影出来ると思いましたが線路が無くなった今
歩道橋を使う必要性がなくなり歩行者は立ち入り出来なくなっていました・・・残念。



国道を潜った先から秩父駅方面を見ています。線路などは全て綺麗に無くなっています。



セメント工場跡地を見ています。永く更地状態が続いていた跡地ですが何か作っています。
後から判りましたがホテルルートインが出来るみたいです。



写真に見える低めの石垣は当時から存在するもので、かつてはこの直ぐ脇を
何線もの線路が分岐し工場内へ入っていましたが全て撤去されてしまっています。



工場跡地には新たな会社も建設されていました。オプナスはセキュリティ会社ですね。



その場でGoogleを開いてみるとかつては線路が少しではあるものの残っていたと知り
衝撃を受けました。この線路もホテル建設の犠牲となり訪問時には全て撤去されていました・・・。



専用線とは直接関係はありませんが敷地内に残っていた何かの軌道?の跡と思われます。



セメント工場の内部には多くの線路が網目のように敷かれていましたが
西側末端部分はまだ何となく当時の様子が判る形状をキープしていました。



線路はこの位置まで延びていました。今は駐車場になっています。




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