ドリーム交通モノレール


かつてJR大船駅のすぐ横に妙な橋ゲタが残っていましたがコレは大船駅からドリームランド遊園地までの
5.3Kmを結んでいたモノレールの残骸です。このモノレールの開通は昭和41年(1966年)の5月と古く閉鎖は翌年9月
と言うことで何と運営期間がたった16ヵ月間という何とも短命なものでした。

このドリーム交通は途中に小雀信号所があるだけで人の乗り降りする途中駅はありませんでした。
結構アップダウンの激しい路線である事が今回の追尾でわかりましたが廃止となった理由は車両重量の超過問題や
橋桁の耐久性問題が理由だそうで東京陸運局から運転休止勧告を受けたそうです。ドリームランド側から跡を見ていきたいと思います。

尚、廃線跡調査は2004年に行っていますが現在は軌道跡を探すのも困難な程綺麗になってしまっています。



1970年の地図上にはしっかりモノレール線の記載がなされています。



訪問した2004年1月には既にドリームランド駅は無く更地になっていました。
この更地も整備されバス乗り場となっています。奥の団地は「ドリームハイツ」と言います。



旧遊園地側から道路へは下り坂が続いていましたが橋桁が残っていました。
奥側はカバーがかけられている様に見える事から撤去寸前ですね。ボウリング場も懐かしい。



手前側は既に撤去された後で整地されたのが判ります。



当時交差点にあったファミレスの横を抜けて行く軌道跡。良く見れば複線用の橋桁に
レールが1本だけ。コレは「大船〜ドリームランド」間に開業時1つも駅が無かったので途中駅
を作る計画がありソレ対応に複線用地を確保していた、と聞いた事があります。
また、交差点名は遊園地無き今も「ドリームランド前」となっています。写真奥が大船方面です。



横浜市立深谷中学校のグラウンド裏手にある「LIVSE戸塚」をかすめる様に
モノレールの軌道はありました。写真では橋桁を撤去している最中の様です。奥がドリームランドです。



県道403号を超えた辺りの様子です。なんか強引です(笑)、用地買収とかどうだったんでしょうか。



すっげーギリギリなのが笑えます。営業していたらまづアウトでしょう。
緩いカーブで軌道は「宇田川」を超え、進路を南へと変えて大船駅を目指します。



軌道の先にはドリームランドと同じ「ドリーム観光」が経営していた「ホテルエンパイア」が見えました。
このホテルは昭和40年開業、平成7年に閉鎖となりました。最上階21階は回転展望レストランでした。



宇田川沿いに敷かれていた軌道と橋桁。コレを見ても将来の複線用地確保が
確認出来ますがこの当時で既にボロボロでした。現在は橋桁も無く道も整備されてしまっています。



宇田川沿いの歩道が突き当たりになった所にある駐車場の敷地の中を行く軌道跡。奥が大船方。



駐車場を突き抜けていた線路を追い「神奈川県営住宅」横へ歩いて行くと
こんな感じで橋桁が残ります。左のアパート名は「グリーンコーポ」。



新しく家を建てている所でしょうか。影が家に落ちています。
現在橋桁は無くなり隣の石垣も取り払われて駐車場になっています。写真奥がドリームランドです。



軌道はそのままカーブをして山の中に消えていきます。
この山の中にも歩道があるのでソレを使い追いかけてみます。



無事に発見です。しかしとんでも無い所にモノレールが走っています。完全に個人宅の庭みたいな所なんです。
途切れていますが奥に続きが見えています。写真奥が大船駅方面です。ココの現在はこんな様子です。



住所は神奈川県横浜市戸塚区原宿4丁目。完全なる住宅街に残っていた軌道跡。
現在橋桁もろとも無くなってますが残っていれば完全にトワイライトゾーンでしょう。
この先軌道はやや右へカーブさせながら国道1号線を跨いでいました。現在パチンコ&スロット店である
「キコーナ戸塚店」の右側のスペースがドリーム交通モノレールの軌道跡地となります。

実はココから時間の関係で写真が飛んでしまっています。
国道1号を超えた軌道はしばらく真っすぐ進み、やがて右手へ緩くカーブをかけて小雀信号場へ。
単線運行のドリームモノレールはこの信号場ですれ違いをしていた訳です。その後小雀浄水場の北側をなめる様に
走り(ここらはジェットコースターばりのアップダウン)山間部へ突入していきます。



写真は丁度「神奈川県鎌倉市玉縄5丁目」くらいからとなります。撮影した2004年から更に住宅が
増え廃線跡にも住宅が出来ている区間が有りました。写真の建物は色が変わっていますが健在。当然軌道は無し。



自然に帰ろうとしている廃軌道。写真奥が大船駅方面です。



民家の裏手を突っ切る様に延びている。営業時にまだ住宅は無かったのでしょう。



詳しい場所は判りませんが裏手に繋がる細い道からもこの様な光景が見れました。



終点大船駅も大分近くなって来たところ。恐らく鎌倉市玉縄2丁目辺りと思われます。
ここら辺も近く造成されてもおかしくなさそうです。



現在「コスモ鎌倉玉縄」の裏手部分です。撮影時も怖かったですが
ココを橋桁の耐久問題を抱えていたあのモノレールが走っていたのだから更に恐怖です。
写真の奥が大船駅方面となります。



既に大船方が開けています。かなりの絶景だったのではないでしょうか。



下から煽ってみたところ。



大船駅近くに僅かに残っていたモノレールの残骸。この時既に駅は解体された後であり残された
橋桁も解体待ち。写真と同ポジの現在の様子はコチラから。跡地は教習所や住宅などへ転用されているみたいでした。


かなり割愛した廃線レポートとなってしまいました。このドリーム交通モノレール跡は以外と簡単に線路跡を辿る事が
出来ましたが途中で森の中に入ってしまったり、余りにも雑草が多すぎて今一歩踏み込みたい場所に行けなかったりと
苦労もありました。途中見失ったルートを探していたら地元の方が教えてくれるという事もありました。
下写真はWikipediaから転用させてもらった大船駅ホームの様子です。アトラクションの様です(廃止後の物)。






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